書籍檢索: : Google Books
 

 

[新書上架] 2018-12-05
《伊沢修二と台湾》探討其人在臺日文化交流進程中扮演的角色

《伊沢修二と台湾》

木下知威 編

 

 

 

 

 

日清講和條約簽署後,臺灣被割讓給日本,當時,日人伊澤修二(いさわ・しゅうじ、1851-1917)為治理臺灣,遂來臺推行日語教育。由於伊澤修二任職於文部省與臺灣總督府,不僅負責教育方面的行政事務、創立國家教育社推行教育啟蒙,也創辦樂石社以推動口吃矯正教育。因此,欲探索近代日本國民語言的奠基事業與成就,伊澤修二是不可避而不談的人物。儘管學界已發表許多有關伊澤修二的先行研究,但目前仍少有同時立足日本、臺灣,乃至亞洲視域的跨文化探討。
 
本書試圖處理上述課題,並分為兩大部分討論之。第一部分收錄與伊澤修二相關的先行研究,綜合性地檢視伊澤修二在各個領域留下的成就;第二部份收錄五篇不同領域的論文,討論主題包含:口吃矯正、盲啞教育、乃木希典遺髮碑的建立計畫、臺語教育、中文教育,以及伊澤修二逝世後的紀念表揚活動,藉此探究伊澤修二在臺日,甚至東亞語言暨文化交流的進程中,扮演的角色及其意義。
 
 
日清戦争の講和条約を経て、割譲された台湾を治めるべく降り立った人たちのなかに、一人の男性がいた。その名を伊沢修二(いさわ・しゅうじ、1851-1917)という。伊沢は文部省と台湾総督府に勤務することで教育行政に関わり、または国家教育社で教育の啓蒙をおこない、楽石社をひらいて吃音矯正事業を推し進めた。伊沢は、近代日本における国民の言語の成立を検討するさいに欠かすことのできない人物である。伊沢はその重要性から多くの研究がされてきたが、日本と台湾、ひいてはアジアという視点に立脚した総合的な研究はほとんど行われてこなかった。
 
本書はこれらの課題に着目し、二部で構成している。第一部では、伊沢の多面にわたる業績についての諸研究を総合的に検討する。第二部では学問領域を超えて伊沢と日本・台湾をめぐる言語と教育の諸課題を明らかにするべく、吃音矯正、盲唖教育、乃木希典遺髪碑の建立計画、台湾語教育、中国語教育、伊沢沒後の顕彰活動を主題にした五本の論文で構成している。
 
なお、本書の表紙は伊那市立高遠町歴史博物館所蔵の拓本「伊澤先生記念碑」を使用した。